あちらこちらで桜が開花、例年よりは少し遅めでしょうか。
昨日の雨で、満開に近づきつつあった桜がパラパラと散りました。
桜が綺麗に咲き出すと、決まって雨風が厳しくなるのは何故でしょう?

さて、今日から4月、新年度のスタートです。
新入生に、新社会人の皆様、
希望と期待を胸に、多少の不安を抱えつつ、是非頑張って下さい。

拙寺の本堂も、いよいよ今日から解体作業が始まります。
ご参詣の歳は、工事車両にお気を付けてお越し下さいませ。

月初恒例のカレンダー、今月はこれ↓

『努力をする楽しみを知る人は 人生の真の幸せを知る人である』

【解説】私たち人間には、少しでも楽をしたい、という気持ちがあります。しかし反対に、努力精進して自分自身を高めよう、とする向上心もあります。何れを幸福と感じるかは人によって異なります。楽をすることを幸せと思っている人は、今現在の楽に慣れてしまうと、それが当たり前の事になり、もっと楽をしないと幸せを感じなくなってしまいます。その状態が続けば成長は止まり、いつの間にか怠惰と倦怠の中に落ち込み、二度と這い上がることはできないと思います。一方、努力して自分自身を高めていくことに幸せを感じる人は、昨日よりも今日の自分をより高め、今日より明日はもっと、というように、日々苦しみ、我慢しながらも自分の知カ・能力を伸ばすことに奮闘努力を惜しまないでしょう。努力すること自体を楽しみ、惰性や倦怠に身を任せることなく、常に快い緊張と充実の中で、希望をもって高みを目指し、生き生きとした人生を送りたいものです。

昭和に陽明学者としてご活躍された安岡正篤さんの教えに、『六中観(りくちゅうかん)』
  1. 忙中閑あり「ただの閑は退屈でしかない。ただの忙は文字通り心を亡ぼすばかりである。真の閑は忙中にある。忙中に閑あって始めて生きる」
  2. 苦中楽あり「いかなる苦にも楽がある。貧といえども苦しいばかりではない。貧は貧なりに楽もある」
  3. 死中活あり「死地に入って活路が開け、全身全霊をうちこんでこそ何ものかを永遠に残すのである。のらくらと五十年七十年を送って何の生ぞや」
  4. 壷中天あり「世俗生活の中にある独自の別天地をいう」
  5. 意中人あり「常に心の中に人物を持つ。或いは私淑する偉人を、また要路に推薦し得る人材をここというように、あらゆる場合の人材の用意」
  6. 腹中書あり「目にとめたとか、頭の中のかすような知識ではなく、 腹の中に納まっておる哲学のことである」
苦しみの中に楽があり、死を感じる中に生がある。努力を続ける中で、人生の真の幸せを感じる。

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